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神戸市看護大学
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最終更新日： 6 April 2023
無断転載の禁止 (C)高木廣文
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最終更新日： 6 April 2023
無断転載の禁止 (C)高木廣文
健康のためにタバコを吸いましょう，とは誰も言わないが，大規模な調査研究によって喫煙の有害性が明らかになったのは，それほど昔のことではない。また少し前までは，健康のためにβ−カロチンを摂りましょう，というＴＶコマーシャルはしつこいくらいであった。
しかし，欧米で行われていた大規模な疫学研究の中間解析の結果で，β−カロチン単独の摂取は，ガン予防どころか悪影響を及ぼしかねない恐れがあることが明らかとなった。
その結果，研究対象者へ不利益を与えないように，これらの研究は中止となり，
β−カロチンの摂取の呼びかけも聞かなくなった。
健康に関しては，多くの人が関心をもつので俗説も多くある。また，科学的な研究の成果だと思っているものが，実はまだ仮説的な段階で，検証はこれからという場合も多くあるようだ。
新しく開発した薬剤の有効性を検討するためにも，ある病気の原因を探るにも，科学的と考えられている研究方法に従わなければならない。また，健康に関することだけではなく，特定の事象について正しく理解するためには，科学的な研究を行う必要がある。それでは，科学的な研究とは，一体どのような研究なのだろうか。
とくに，人間をその研究対象とする分野では，どのように対象を選べば，科学的な選択方法といえるのだろうか。
健康や病気に関する研究は，動物実験と人間を対象とした調査に大別できるだろう。動物実験でもマウスやラットなどの「研究対象」を選ぶ必要がある。しかし，人間集団の調査の場合のように，その選び方が科学的ではない，と問題になることは滅多にないのではなかろうか。マウスなどの小型の実験用の動物は，その系での個体の各種特性がほぼ均一になるように品種改良を行ってきた歴史がある。したがって，週齢さえ揃えればどの１００匹を実験に用いようと，研究の結果が大きく異なることはないものと考えられているからだろう。
一方，人間を対象とする研究では事情は大きく異なっている。それがある地域での寝たきり老人の介護状況を調べるという実態調査であれ，新薬の開発や治験のような実験的なものであれ，研究対象をどのように選んでもよいという訳にはいかない。それでは，なぜ適当に研究がやりやすいように，研究対象を選んではいけないのだろうか。
主な理由の一つは，人間は外見的にも体格をはじめ，様々な特性の個体差が大きい生物だからである。そのため，いい加減に研究対象を選んだのでは，その影響で研究結果が大きく左右されるものと考えられるからである。
しかし，多くの場合このような現実的な点から，研究対象の選択方法の善し悪しを論じることは少ないといえる。研究論文などの科学性を論じる場合，とくに人間集団を対象としている研究では，その対象を正しく選択し，そのデータを科学的に分析して結論を得る必要があると思われている。ここでいう科学的方法とは，統計学的な対象の選択方法であり，統計学的分析方法であるといえよう。
なぜ統計学的に研究対象を選ぶ必要性があるのか，またそれ以外の方法はないのかなど，以後に簡単に説明を加えよう。
ＴＶ番組の視聴率を調べるのに，日本国中の全世帯にそのための装置が設置されている訳ではない。同様に，糖尿病患者の予後を調べるのに，全世界中の糖尿病患者を対象とした追跡調査を行わねばならないのならば，医学研究は不可能に違いない。実際には，食事療法の効果を調べるにも，経口剤の効果を判定するにも，全患者数に比べれば，遥かに少数の対象者を追跡することで，様々な研究を行っている。なぜ，少数の患者のデータだけでよいのか。
統計学の多くの教科書では，標本（調査対象）の選び方について，多くのページを割いてかなり詳細に記載されている。すなわち，単純無作為抽出法，系統抽出法，多段階抽出法，層別抽出法などについて記述されているはずである。調査対象を選ぶのにも，まずどの方法がどのような長短があるのか知らないと，対象を選ぶことさえ困難である。とりあえず，多くのページを割いているからには，標本の選び方は重要に違いない。それでは，このような標本抽出法の何が重要なのであろうか。
重要な点は，それぞれの標本抽出法の手順は異なっても，「標本は無作為に選ぶ」ということである。
「無作為とは何のことか？」という質問がありそうだ。この用語は「作為」でないという意味を示すものである。よく見かけるように，大学生の卒業論文のための調査などでは，他大学の友人や下級生，同級生などに調査対象になってもらうことが多い。また，医療従事者が何か研究を行う場合，自分が勤務している施設の患者さんに依頼して対象になってもらうことも多いだろう。このような調査方法は，研究者の意識の中では「作為」的ではないかもしれない。しかし，たまたま自分の周辺にいる人達から対象者を選んでおり，「機縁法」という作為的な方法であり，「無計画抽出法」と呼ばれる「悪い」方法の一つである。
自分の周囲にたまたまいる人や知人，友人，親類縁者などを選んだのでは，統計学の教科書に書かれているような無作為標本抽出法になっていないことになる。アルバイトの学生や応募してきた者を調査対象とした場合なども，同様に無計画抽出法の一つである。
無作為抽出というのは，英語の random sampling の訳であるが，この「ランダム」という言葉を適切に表現するのは難しい。例えば，正しく作られたサイコロでは，１から６までのどの目がでるかはランダムである，宝くじで各賞があたる可能性はランダムに決まる，などと使用できる。このような例から分かるように，「無作為，ランダム」とは人為的，作為的な操作を排除して，くじ引きやサイコロ投げのような要領で，対象者を選ぶことを示す用語であるといえる。これにより，調査対象者に選ばれる可能性がある集団で誰でも等しくなる。これは「等可能性の原理」と呼ばれる標本抽出法の中心的な原則である。ランダムに選ばれた標本から収集されたデータは，その対象者が所属する集団（母集団）を「代表」するものとして扱うことができる。
統計学といっても，平均値と標準偏差，棒グラフ，円グラフなどで，もっぱら対象者の記述のみを行っているのならば，このような手順は必ずしも必要ではない。
このような面倒な方法で研究対象を選ぶ利点は，僅かな標本データからその標本が属する母集団の様々な特性値を推定したり，比較したりすることが統計学の様々な手法を用いて行うことができることである。
ランダムに世帯を選ぶことで，数百世帯の視聴率さえ分かれば，日本全国のＴＶ番組の視聴率が理論上は推定できることになる。
このように，研究対象の選び方で最も重要な点は，調査対象が母集団の代表性をもつことである。母集団を代表しないようなデータをいくら集めても，科学的な研究に必要な普遍的な推論は不可能である。
無作為標本抽出法は，母集団の特性を推定し，研究結果を一般化するためには不可欠な方法論であり，そのために統計学の教科書ではよく説明されている。しかし，普通の統計学の教科書には載っていないが，公衆衛生学とくに疫学研究者がよく使う，調査対象の選び方がある。
例えば，胃ガンの原因を研究するために，どのような調査研究が行えるだろうか。
一つの方法は，ある地域に在住する健康な人口集団を対象に選び，何年にも渡って胃ガンへの罹患や死亡の状況について，資料を収集するという方法である。集めたデータから，死亡や罹患したグループと，健康なままのグループでどのような特性に相違があるかを研究し，胃ガンのリスク要因などを明らかにしようとする研究方法である。このような研究方法は，「コホート研究」と呼ばれるが，統計学で要求するように母集団からランダムな対象者の選び方をしている訳ではない。追跡調査に適した地域を選び，その地域の４０〜６９歳の全住民などと決めて，調査を行うのが普通である。しかし，対象者が病気にかかったり死亡したりするのに作為はない。さらに重要な点は，比較する要因（喫煙，飲酒など）の状態については自然のままなので，ある特性の有無などに関しては無作為であると考えてよいことである。したがって，喫煙の有無などによるガン死亡率の相違などの，比較を行うことが可能になることである。これはデータの「比較可能性」と呼ぶべき性質であり，収集したデータがもつべき特性の一つといえる。
ところで，病気の原因や予防方法の研究では，極めて有効なコホート調査であるが，困った点もある。それは，コホート研究は調査対象からある疾患の罹患者や死亡者が統計学的解析を行えるくらい，多数になるまでは解析ができないということである。例えば，１年に１万人に１人くらいの発生率の疾患について研究しようとする場合，１０万人の集団を１０年追跡してもやっと１００人のデータが収集できると期待されるのみである。これでは，余程研究費や人材が潤沢でなくては，研究は行えない。
よく行われる研究形態で，より小規模であるが効率のよい方法がある。コホート研究では，胃ガン患者１００人のデータを収集するのは時間と費用がかかる。しかし，すでに病気に罹った人を対象とするのならば，大学病院などでは比較的容易に対象者の選択が行えるだろう。十分なインフォームドコンセントを行ったのち，患者から研究に関係する情報の収集を行えばよい。ただし，患者だけのデータでは単なるケース・スタディや実態調査的な結果しか得ることはできない。そのような場合，特定の病院などの患者を対象として収集したデータは，一般集団を代表するものとは考えにくく，偏り（バイアス）があると呼ばれる。バイアスのあるデータを用いて，母集団の特性値を推定することはできない。
しかし，母集団の様々な特性値の推定はできなくても，比較すべき適当な集団を設定することにより，効率のよい比較研究を行うことは可能である。比較研究では，患者に対して「コントロール，対照群」と呼ばれる健常者のグループを設定する必要がある。２つのグループで比較したい特性，例えばヘリコパクタ・ピロリの感染割合を胃ガン群とコントロール群で比較したいのならば，理論上はそれ以外の特性をすべて２グループで一致させる必要がある。これは「マッチング」と呼ばれる方法であるが，現実には同一人以外の人間の特性をことごとく一致させることはできない。通常は，１人の患者に対して，コントロールとして性，年齢，職業，居住地などを一致した健常者を選べればよい方であろう。一番の問題は，コントロールには何の疾患も有しない地域在住の健常者が最良なのだが，病院のデータでは外傷や風邪などの，比較したい疾患とは無関係と考えられる患者データを収集することしかできない場合が多いことである。このような場合には，やはりデータにその病院特有の偏りが生じる可能が常にあるので，分析にはその点の注意が必要である。
このような研究方法は「ケース・コントロール（患者・対照）研究」と呼ばれるが，２グループ間の比較に重点を置く，比較可能性を高めた優れた研究方法といえる。
集めたデータの比較可能性について考える場合，最もよく行われる例がある。ある地域の老人に健康教育の目的の講演会を行う場合，教育講演の効果を調べたいとしよう。このような場合，研究対象はその会に参加した者に限定される。したがって，とくに研究対象を選び出す必要はなく，極端に人数が多くなければ参加者全員を対象とすればよい。しかし，このような場合，教育講演の効果を検討するために，どのようなデータが研究に用いることができるのだろうか。
健康教育の講習会，肥満教室，禁煙教室などの教育効果を調べたい場合などでは，その会の前後で同一の項目について調査を行い，その間の差を調べるという方法を用いるのが普通である。この場合，対象者は最低でも２回の同一の測定を行うことになるだろう。このタイプの研究では，自分自身をケースとコントロールにした調査研究となる。すなわち，教育前の対象者はコントロールである。そして教育後の対象者はケースである。講習会などの前後で得られるデータによって，２つのグループを作ると，各対象者については，ある教育を受けた以外では時間の経過以外はすべての特性が，１対１に完全にマッチしていることになる。したがって，極めて比較可能性の高いデータが収集できることになる。ただし，実際にはどのようにして教育効果を測定すればよいかという大問題がある。知識や健康意識変化を調べたい場合には，その目的に応じて設定した項目からなる質問紙を用いることが多い。また，血圧や体重のように直接測定できる場合もある。重要な点は，このように各対象がそれ自身がケースとコントロールを兼ねるために，統計学的な方法で教育効果の有無を調べるための検定を行うことができるということである。このような研究では，どのようにその対象者を選んだかは，検定を行う際には大きな問題にはならないことである。ただし，それらの対象者が女性のみであれば，結果を一般化する場合，女性に限られるし，ある地域の５０歳代と６０歳代の住民のみであれば，結果の解釈もその地域の５０〜６９歳までに限る必要がある。
研究結果を普遍化したい場合には，多くの地域で，男女で，広範囲な年齢層で同様なデータを収集して，同様な結果を得ることができることを示さねばならない。統計学的な分析方法が適用できるかと，その結果をどの程度一般化できるかは，必ずしも一致していない。また，統計学的な検定結果が有意だからといって，自分が思っている作業仮説が証明されたと考えるのも早計である。収集したデータがどのような調査対象によっているのかを常に意識せねばならないし，思い通りの結果の場合にはとくに慎重な解釈が要求される。
全国の中学校の養護教諭を調査対象として，保健室登校の実態を調べるために，その10％を無作為に選び，郵送法で質問紙調査を行ったとしよう。このような場合，研究対象の選び方は完全に統計学の要求を満たしている。しかし，郵送した全てに回答が得られる訳ではない。通常なら30％程度，養護教諭や看護婦のように専門性の高い職種に限った調査でも70〜80％程度の回収率がせいぜいであろう。
ある地域を選んでコホート研究を行う場合，かりに研究開始時は対象者の100％の参加を得たとしよう。しかし，転勤などでその地域を離れる者もいる。そのため，追跡期間が長くなればなるほど，それだけ調査から脱落するものが増えてくる。
病院内の調査では，短期間に済む調査でなければ，一度は了承したが途中で調査を拒否する患者も出てくるし，病院を変えてしまう場合もある。
このように，かりに研究対象者を正しく選んだとしても，全ての対象者のデータを収集できるとは限らない。未回収率が数パーセントならば，大して研究結果に影響を与えないかもしれない。しかし，これが10％，20％，30％と増えるにつれ，研究結果の信頼性は低くなるだろう。
「回収率はどのくらいあればよいのですか」という質問をよく受けるが，高ければ高いほどよいと答えることにしている。50％の回収率のデータで，統計学的な検定を５％水準で行う意味があるだろうか。
回収率の問題は，統計学の問題というよりも，研究のための調査方法の問題と考えるべきだろう。より高い回収率を得られるような調査方法や，調査票などの工夫が必要であろう。
ところで，対象者からの回収率が100％であっても，個々の調査項目が全て回答されているとは限らない。質問紙調査などでは，無回答の項目があるのが普通だし，血液検査のデータなどでは検査値のない項目が患者ごとに異なっていても不思議ではない。このように，無回答の項目があると，統計学的な解析を行う場合，結果的には対象者数が減少したのと同じことになる。また，検査値などではある検査を受けているのは，重篤な症例のみである場合もある。その辺りの事情を無視して，データがあるケースのみで分析を行っても，偏った結果が得られるだけである。
回収率を高くすることや，回答率を高くすることは，研究の質を高くすることに通じる。研究対象を適切に選ぶとともに，回収率と回答率を高めるように，研究デザインを考えねばならない。
研究対象の選び方を，統計学によってデータを解析するという立場から，簡単に解説した。無作為抽出，代表性，比較可能性を高めることが，科学的な研究を行うために重要であるが，現実の調査研究では簡単にできる訳ではない。とくに，特定の疾患を有する患者を対象に研究を行う場合，理論にそって対象を選ぶのは困難かもしれない。そのような場合，バイアスがあることをよく認識して解析を行う必要がある。偏ったデータからは偏った結果しか出ないかもしれないが，研究の積み重ねにより，一定の傾向が見いだせるかもしれない。要は，自分自身が収集したデータの限界を知悉しておくことが重要である。病気や健康に関する研究は，間違いましたでは済まないこともあるのだから，自己のデータの理解はとくに重要である。
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